フジイロ砂洲(泡瀬通信施設東側砂洲)の変化とその原因  泡瀬干潟を守る連絡会 2013918

東側砂洲の衰退(高さがひくくなり、満潮時水没する)の最大の原因は、埋立地の泡瀬航路(掘削航路)の工事である。

 

以下、上記の結論の根拠を示す。

 

1.以前のフジイロ砂洲

2005(平成17)103日の写真です。通信基地側から沖方向の写真です。高くて広くて非常に長い砂洲でした。↓

もちろん、満潮時でも砂洲の上部はかなり広い面積が海面上にありました。(撮影:小橋川共男)

 

2.2006(平成18)年715日のフジイロ砂洲 陸側の先端部分です。かなり高いことがよく分かります。↓

この時期も、砂洲は満潮時でも海面上にありました。(撮影:小橋川共男)

 

3.2012(平成24)年104日の写真↓ 高さが低くなり、満潮時に水没するようになりました。

(撮影:小橋川共男)

 

4.フジイロ砂洲は何故水没したのか? 私たちは次のように推測しています。

(1)この砂洲の沖側が埋立地に土砂を運ぶ航路を作るために掘削された(幅約35m、深さ約3.5m)

(2)そのため沖側から砂の補給がなくなった(沖からの砂の移動はあるが、掘削航路があるために、砂はその中に落ち込み、砂洲に補給されない)

(3)その結果フジイロ砂洲が衰退し、高さが低くなり、満潮時に水没するようになった。

 

私たちの上記の推論は、以下の上空からの写真と、事業者の環境監視委員会の資料から証明することができます。

 

5.掘削航路の工事の前後の上空からの写真を3つ示します。

(1)2005(平成17)年918日の写真です。掘削航路はまだです。東側砂洲が、沖から砂が補給されている様子が分かります。↓

(撮影:泡瀬干潟を守る連絡会、小橋川共男)

 

(2)2007(平成19)年322日の写真です。掘削航路が途中まで進んでいます。↓

(撮影:泡瀬干潟を守る連絡会、小橋川共男)

 

(3)2008(平成20)年58日の写真です。掘削航路が完成しました。↓

(撮影:泡瀬干潟を守る連絡会、小橋川共男)

 

6.2013(平成25)年722日の写真です。↓ 掘削航路の南側、砂洲の延長線上を上の5(3)の写真と比べてみてください。

私たちの推測を証明する新しい事実が判明しました。掘削航路の沖側からの砂の移動が掘削航路に落ち込み、砂洲に供給されないことが分かります。

2008(平成20)年85日から2013(平成25)年722日まで、約5年間で掘削航路の1部が砂で埋まる大きな変化がありました。

(撮影:泡瀬干潟を守る連絡会)

 

7.上記写真の砂の移動・堆積の部分の拡大です。↓

722日は大潮で最大干潮時の潮位は12.55cm。堆積した砂がはっきり見える。 掘削航路の反対側(左、陸側)は砂が左側に移動し、礫だけが見える。

(撮影:泡瀬干潟を守る連絡会)

 

8.上記場所の砂の堆積状況を2013(平成25)年818日に調査しました。↓ 818日は中潮で干潮は10時半頃。最大干潮の潮位は11.02p。堆積した砂は海面下であった。↓

しかし、砂の堆積状況は分かります。

手前のポイント(3本の支柱)、右沖のポイント(人が立っている、3本の支柱も立てた)、左先に掘削航路側のポイント(3本の支柱)の範囲が掘削航路に落ち込んだ砂の範囲です。

遠くは勝連半島。(撮影:小橋川共男)

 

9.上記写真に、砂の移動・堆積を図示しました。↓

722日と砂の堆積状況は異なりますが、長さが72.3、幅が13.5ありました。深さは約4mでした。砂の堆積した場所を線で縁取りしました。

この大きな面積の分量の砂が沖から移動し、掘削航路に落ち込んだことになります。

 

10.上記の場所の遠景の写真です。↓

3つのポイント(手前3本支柱、右上人・3本支柱、左沖掘削航路側3本支柱)が分かる。(撮影:有光智彦)

 

11.掘削航路の陸側の淵の写真です。↓ 砂はありません。サンゴの石・礫だけです。遠くに陸側の砂洲が白く見えます。

(撮影:前川盛治)

 

12.事業者(国・沖縄県)が環境監視委員会(平成25722日)に提出した資料の中から、関連する資料を3つ示します。

(1)平成178月、平成1910月、平成2112月、平成241月の砂洲の高さと面積を示しています。↓

  調査の年毎に、砂洲の高さが低くなっているのが分かります。

  

年月日

砂洲の一番高いところのCDLと広さを示す

平成178

CDL 2m以上の所がかなりある。

平成1910

CDL 2m以上の所がほんのわずかになった。全体的に低くなった。

平成2112

CDL 2m以上の所がなくなった。

平成241

CDL 2m以上の所がなく、CDL1mを少し超える程度である。

 

(2)平成2410月と平成255月の比較では、砂洲の高さがCDL1mすれすれであまり変化していません。

平成241月と平成255月の比較では、岸から400~650mの所で、平成255月が少し高くなっています。

全体として、砂洲の高さが低い状況は変わりません。

(3)事業者が示した砂洲の形成・維持機構です。

「砂洲の沖側及び両側から砂が供給され、浅瀬の中央に堆積し砂洲が形成される」と説明しています。

掘削航路ができたらどうなるか。「沖側からの砂が供給されなくなる(砂は移動してくるが掘削航路に落ち込むため、砂洲に供給されない)」ことになります。

当然のことながら、東側砂洲に砂が供給されませんから砂洲が衰退していきます。

 

 

13.結論:東側砂洲の衰退(満潮時水没)の大きな原因は、掘削航路ができたことにより、沖側から砂が供給されなくなった(砂は沖から供給されるが、掘削航路に落ち込むため砂洲に供給されない)ためである。

 

14.調査には4名(小橋川共男、前川盛治、譜久里茂、有光智彦)が参加しました。長いスケール(50m測定可能)も使いました。↓

左から小橋川共男、前川盛治、譜久里茂です(撮影:有光智彦氏)

船のアンカーを下すところ。左から前川盛治、譜久里茂(撮影:有光智彦)↓